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業界新入社員への手紙 ― 宅建士に求められる想像力とは ―

業界新入社員への手紙 ― 宅建士に求められる想像力とは ―

「鶏口となるも牛後となるなかれ」――大企業の入社式を見ていると、どうしてもこのことわざを思い浮かべてしまう。これは大企業に属したことがない筆者の僻みかもしれない。事実「寄らば、大樹の陰」ということわざもある。


ただ、チャットGPTなど昨今のAI(人工知能)技術の進化を見ていると、組織の中の歯車的仕事は、いずれはすべてAIにとってかわられるわけだから、もはや自分以外の「なにかに頼る」という発想自体を捨てなければ生きていけない時代になるのではないかとも思う。

 

そう考えると、不動産業界を代表する資格(士業)でありながら、組織の一員でもある宅建士という仕事は〝微妙〟な職責であることが分かる。実際、15年の宅建業法改正で新設された15条に、「宅地建物取引士は購入者などの利益の保護に資するよう努めなければならない」ことが規定されたため、もし会社の指示とはいえ、この趣旨に反する行為をした場合は業法違反となる。もっともそれは業法の15条違反であって、宅建士法(まだ存在はしていないが)違反ではないところがミソである。

 

それはともかく、これから不動産業界の担い手となって働き始める人たちに言いたいことは、「仕事は何のためにするのか」という意識を鮮明にもってもらいたいということだ。「とりあえず、生きていくためには収入が必要」という考えは間違ってはいないが同時に、その仕事に人間としての〝誇り〟を感じることができなければ、結局いい人生にはならないということも理解すべきである。

 

なぜなら、そもそも「世のため、人のため」にあるのが仕事だから、仕事に誇りが感じられないとすれば、それはこの世の摂理に反した生き方をしているということだからである。

 

話は冒頭に戻るが、大企業に属していようがいまいが、人間が自分一人の力でできることは限られる。だから、「世のため、人のため」をより強く感じるためには価値観や志が近い人たちと同じ目標に向かって仕事をすることが望ましい。では、自分がやりたいこと、社会人としての志をどう見つければいいのか。

 

その意味で、「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざの現代的意味を探るなら、大木に巻きつく蔓(つる)のような生き方をしていても、熱い志は生まれてこないのではないか。特に若いうちであれば、与えられた仕事と自己との疎外感、あるいは未熟さ・無力さに真剣に悩むところから自分ならではの志が生まれてくるものだからである。大樹に守られる境遇とは無縁のものだと思う。

 

そのうえで、微妙な職責である宅建士に求められる能力とはなにかを考えたい。〝宅建士法〟なるものが制定されるかどうかはともかく、宅建士が目指すべき方向は一つだ。依頼者の利益というよりも、依頼者の幸せな人生に資するということである。であるならば、宅建士の仕事が不動産取引を安全に導くことだけにとどまらないことは明らかだ。仮にそれだけなら、リーガル・チェックを含めいずれAIにとって代わられることになる。

 

そこで、宅建士として今後そなえるべき重要な能力がある。それは、〝AIとの共存社会〟が始まろうとしている今、不動産業界が人々を幸せにするためにはAIにどういう仕事をさせるべきかを考えるセンシティブな想像力である。なぜなら、人間の幸せとは何かというテーマがいよいよ深刻化しつつあるからである。

 

 

執筆者

本多信博氏 住宅新報 顧問

1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より顧問。
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)、『百歳住宅』(プラチナ出版)、『住まい悠久』(同)、『たかが住まい されど、住まい』(同)、『住文化創造』(同)など
現在、住宅新報に連載コラム「彼方の空」を執筆中。