不動産フォーラム21Web

不動産コンサルティングのためのMagazine

未来にも目を向ける宅建士 ~不安な時代ならではの見識~

未来にも目を向ける宅建士 ~不安な時代ならではの見識~

2015年の宅建業法改正で従来の宅地建物取引主任者の呼称が「宅地建物取引士」に変わり、いわゆる〝士業〟になったといわれている。弁護士、医師、税理士などがその代表格として知られている。

では、そもそも〝士業〟とは何か。国民からの信頼を得るために最も大切な要素は、その確かな専門性である。人間は万能ではないから、専門性を究めようとすればどうしてもその分野を深めていくしかない。例えば弁護士も民事と刑事で分かれるし、民事も離婚、相続、交通事故、企業・個人間紛争、医療事故など様々である。民事は弁護士同士が争うが、刑事は検察官が相手になるというように仕事内容が大きく異なっている。医師についてもその専門分野が大きく異なっていることは周知の通りである。

ところが、宅建士にはそうした「専門分野」というものがない。新築マンションの販売、投資目的を含むオフィスビル(収益物件)の売買、法人同士の大型案件、住宅の個人間売買(仲介)、アパートの部屋のあっせんなどその仕事内容は千差万別だが、どの現場にも就く可能性がある。これではなかなか医者や弁護士のように、その専門性を磨き、それぞれの現場に精通しているというイメージが生まれてこない。

所属する企業の規模にもよるが、宅建士の仕事が社会的ステータスを上げていくためには、ひとつの専門分野に特化し、その専門能力を外部にアピールできるようなシステムをつくり、その評価によって顧客から直接選ばれる体制を業界として構築していくことが必要ではないか。特に一般個人の依頼者から仕事を受ける住宅の売買や賃貸借の仲介を行う宅建士の世界ではそうした体制の構築が望まれる。

考えてみれば、医療の世界でも患者が担当医師を選ぶということは一部の例外を除き存在しない。ただ、地元の病院を選ぶときは「あそこの先生は評判がいいから」という選択行動は頻繁に行われている。

そう考えれば、資産形成や普段の生活に大きな影響をもたらす住宅の選択に際して、信頼できる宅建士を自由に選べるシステムの構築こそ、不動産業界に対する国民の信頼を確立する早道ではないだろうか。

また、将来不安が高まっている今の時代だからこそ、住宅の専門家として求められる欠かせない能力は何かと言えば、それは〝将来を見通す力〟である。持ち家はもちろんだが、賃貸でもかなり長期にわたって暮らす可能性があるのが住宅である。単体の物件について現時点での評価も重要だが、同じようにその物件が将来どういう状況に置かれるのか、また周辺の環境がどう変化していくのかについても、それなりの見識を持って依頼者に説明できなければ専門家としての責任を果たしたことにはならない。

例えば、物件として5年後、10年後にどういう修繕が必要になるのか、アパートであれば空室が増えて住みにくくなる可能性はないかなどである。持ち家の場合にはその地域が街として将来発展していくのか、逆に人口が減少し続けて衰退していく懸念があるのかといった見通しについてもアドバイスする必要がある。将来という不確かなことについて断言することは避けなければならないが、一定の根拠(都市計画、公共交通整備計画、人口動態など)を示して説明する能力は欠かせない。依頼者との信頼関係は専門家としての能力をフルに発揮してこそ生まれてくるものだからである。

 

執筆者

本多信博氏 住宅新報 顧問

1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より顧問。
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)、『百歳住宅』(プラチナ出版)、『住まい悠久』(同)、『たかが住まい されど、住まい』(同)、『住文化創造』(同)など
現在、住宅新報に連載コラム「彼方の空」を執筆中。