住宅供給事業者が住宅購入者の住まいに対する感性に注目し始めた。
たとえば積水ハウスは8月24日から10月7日までの限定で、顧客自身が〝自分の感性に気付く場〟とすべく6つのモデルハウスを茨城県つくば市に展示する。
これは一般的な住宅展示場のように大きな住宅ではなく、リアルサイズで同じ間取りの住宅に異なる6つのインテリアデザインを施し、顧客がそれらを同時に比較・検討し体感するための「場」を提供するもので、同社としても初の試みとなる。
各デザインの特徴はHPで見ることができるが、それぞれ「静」「優」「凛」「暖」などをモチーフにしている。要するに住宅が〝所有する〟ものから〝暮らしを楽しむ〟器へと変化しつつあるということだ。
ただ、近年のこうした傾向はあくまで「新築市場」で見られるものであり、既存住宅の市場ではいまだに立地・築年数・間取り(面積)などの物理的要素が選択基準となっている。とはいえ既存住宅の購入者も自分の感性にマッチした住まいを求めていることに変わりはない。新築市場のようにそれを推し量る場が与えられていないというだけのことである。唯一「リノベーション」がそうしたニーズに応えているというべきだろうか。しかしそれも自分の感性を生かし全面改修(フルリノベーション)する事例は極めて少ない。
こうした状況のままでは住宅流通市場の本格的発展は望めない。立地や築年数、面積は変えられないし、間取り変更にも多額の費用が掛かるからだ。そこで重要な役割を担うのが物件選びをサポートする宅建士の提案能力である。それは、ユーザーの志向が「所有」から暮らしを楽しむ「利用」へ移行しているのはなぜかと深く考えるところから始まる。
普通に言われていることは、消費者のニーズが「モノ」から「コト」(体験)へ変化してきているということだ。ただ、それだけではない。そうした心理の背景には、今の時代全体が機械(デジタル)文明に覆われ、人間関係が形骸化し砂漠化しているため、人々の心が潤いを求め、ヒトとヒトとのつながりにより重い価値を置き始めているということである。その潤い・癒しを求める心が住まいという大事な場所選びに際して噴出し始めたというべきだろうか。
仲介担当者としての宅建士には、そうした時代の宿命、社会の形骸化、人々の心の焦燥感を読み取る能力が求められているし、同時に個々人についてその心の渇きが那辺にあるのかを知らなければ、本当の意味で顧客に寄り添う仕事をしたことにはならない。本当のニーズを把握できれば、物理的な立地(勤務先までのアクセスなど)よりも町全体がもつ空気感、築年数よりも近隣コミュニティの質に価値を見出すことも可能となる。また、大規模な間取り変更ではない一点豪華主義のような手法も選択肢となり得るかもしれない。まさに、宅建士の仕事は人間の心を読むところから始まる。
執筆者
本多信博氏 住宅評論家
1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より2024年6月まで顧問。
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)、『百歳住宅』(プラチナ出版)、『住まい悠久』(同)、『たかが住まい されど、住まい』(同)、『住文化創造』(同)など
現在、住宅新報に連載コラム「彼方の空」を執筆中。