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建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[3]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[3]

※2022年10月12日に公開した記事を再掲しました。

6 無断施工

さらに、よくあるケースとして、施主が施工業者の行ったとする追加・変更工事について事前に聞かされていないとして報酬の支払義務を争うケースも多くあります。

この点、営利事業者である施工業者が施主の指示もなく報酬の取り決めもないまま自ら追加・変更工事を行うことは余り想定され難いようにも思われます。

しかし、一般に施主は予定工期を踏まえて金融機関からの借り入れや居住用であれば転居、現住物件の処分等を計画するため、実務上は工期の遵守が強く要求され、そうしたこともあって特に工期終盤には施主との意思疎通が十分に図られないまま施工業者の方で工事を進めてしまうことも多く、施主において十分に認識していなかった工事が事後になって発覚するというケースも少なくありません。

そのため、この点については、施工業者において事後に報酬請求できないリスクを冒してまでわざわざやるような工事内容か、施主が事前又は事後に当該工事の実施を認識しながら特に異議を述べなかったような事実がないかといった観点から、純然たる無断工事であるか別途費用の発生する追加・変更工事であるかが判断されることになります。

ところで、こうした無断施工との関係で時に問題となるのが、工事監理者が間に入っているケースです。

すなわち、建築士が施主と工事監理業務委託契約を締結し、監理者として工事に関わっている場合に、施工業者が監理者とのやり取りに基づき追加・変更工事を行ったところ、当の本人である施主が当該工事の存在を認識していなかったというケースです。

通常であれば施主は専門家である監理者に対して工事の内容について一定範囲で裁量を与える意図を持っているとも考えられます。

こうしたことから、裁判例の中には監理者には施主に代わって追加・変更工事を指示する代理権があるとしたものもあります(大阪地判平成17年4月26日判タ1197号185頁、東京地判平成17年11月4日判例秘書登載等)。

もっとも、監理者の代理権について一般化することはできず、監理者が指示・合意したことをもって施主にも効果が及ぶという結論を導くことは慎重であるべきとの指摘もあります *1

実際、実務上用いられることが多い民間(七会)連合協定の工事請負契約約款でも、監理者に追加・変更工事の指示・合意権限までは付与されていません。

結局、この点については、施主において追加・変更工事の指示・合意権限まで付与する意思(授権の意思)があったか否か、施工業者においてそのような権限があると信じてもやむを得ない状況にあったか否かが個別具体的事情を踏まえて判断されることになるでしょう。

東京地判平成15年5月9日判例秘書登載は、一貫して施主側の工事担当者として関与し、「社長付事業開発」の肩書を付けた名刺を交付していた工事関係者について、施主から工事監理、追加工事の発注等を含む全面的な委任を受けていたと認定されています。

 

7 追加・変更工事に係る報酬額

争いになっている工事について、本工事に含まれない有償の追加・変更工事であるとされた場合、通常はその報酬額について当事者間で明確な合意がないケースが大半であるため(もしあればそもそも争いにならない。)、次にその報酬額をどのように取り決めるのかということが問題になります。

この点について、訴訟実務上は、たとえ代金額の具体的な合意がなくとも、当該工事について「世間相場相当額とする」旨の黙示の合意が成立しているものとみなし、そこにいう「世間相場相当額」がいくらなのかという観点で審理が進められます。

東京地裁民事22部の建築専門部では、専門家調停委員として建築士が参加することも多く、追加報酬額の決定については当該建築士の意見も重視されています。

 

8 まとめ

以上に見てきたように、追加・変更工事を巡るトラブルについては、当事者間で事前に十分な協議・確認を行わないまま工事が進められてしまうことにより発生するケースが大半の原因といえます。

そのため、特に施主の立場で見れば、請負契約締結時にどこまでが本工事でどこからが追加費用の発生する追加・変更工事なのかしっかりと確認しておくとともに、施工中も、施工業者とのメールや書面でのやり取りで有償なのか無償なのか記録化を意識したやり取りをしておくことが、事後のトラブル防止の観点からは肝要といえるでしょう。

 

 

yaf21.retpc.jp

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:斎藤繁道編著『最新裁判実務体系 第6巻 建築訴訟』378頁〔木村洋平〕(青林書院、2019年)

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[2]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[2]

※2022年10月11日に公開した記事を再掲しました。

3 設計図面や見積書に記載のない工事

ところで、問題となっている工事について設計図面や見積書に含まれていなければ常に本工事に含まれないことになるかというと、必ずしもそうではありません。

設計図面や見積書には記載されておらず、一見して本工事には含まれないように見える工事であっても、一般的に考えて本工事に含めることが当然に想定される工事については、本工事に含まれるとされることがあります。

例えば、クロスとフローリングのやり替えを行うリフォーム工事において、巾木の交換は当該リフォーム工事に必然的に伴う作業ですので、仮に見積書には記載がなくても当然に本工事に含まれると解することもできます*1

また、設計図面には記載されているのに、見積り時(図面に基づく積算時)にそれを見落としたというケースでは、いわゆる見積り落とし(見積り落ち)として本工事に含まれるとされることがあります。

 

4 手直し工事

有償の追加・変更工事であるか否かが争いになる場面として、施工業者による手直し工事ではないかが争われるケースもよく見受けられます。

すなわち、施工業者が本工事に含まれない追加・変更工事であるとして工事代金を請求したところ、施主の方から、当該工事は施工業者のミスで必要になったものであるから、追加で代金を支払う必要はないというものです。

特に施主において工事の出来上がりに満足できずやり直しをさせたような場合に、それが施工業者のミスなのか、それとも施主のこだわりの問題なのか、という問題が起き得るのです。

 

5 サービス工事

問題となっている工事について本工事に含まれない追加・変更工事であることに争いはないものの、当該工事は施工業者が無償で対応することになっていた(いわゆるサービス工事)として、追加費用の支払につき争いになるケースも多くあります。

例えば、軽微な追加・変更工事について元の営業担当者はサービスで行うとしていたところ、それについて双方で明確な確認をしないまま担当者が変わってしまい、改めて追加費用を請求されるような場合や、特定の工事について元々良好な関係にあったときはサービス工事とすることが暗黙の了解になっていたにもかかわらず、事後に施工瑕疵等を巡ってトラブルに発展したような場合に、施工業者が一転して追加費用を請求してくるような場合があります。

この点、営利事業者である施工業者が、設計図面や見積書に記載のない工事を自らの費用で自主的に行うことは、経済合理性の観点からは考え難いという一般経験則から、相応の規模や手間のかかる追加・変更工事が行われている場合には、たとえ事前に費用に関する明確なやり取りがなくとも、当事者としても有償であると認識していたはずだとして追加費用の支払義務が認められることがあります。

もっとも、建築実務上は、特に軽微な工事等については施工業者側の裁量的判断で特に追加費用を求めずに行ってしまうケースもまま見受けられ、また、施工業者が他の工事の不備や工事遅延を穴埋めするため、グレードアップ的要素を含む追加・変更工事を無償で行うケースもあります。

そのため、一般経験則といっても常に通用するとは限らず、実際に追加費用の支払義務が生じるか否かは、そうした個別事情も踏まえて判断されることになります。

 

 

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:小久保孝雄=徳岡由美子編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ14 建築訴訟』250頁〔溝口優〕(青林書院、2015年)

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[1]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[1]

※2022年10月6日に公開した記事を再掲しました。

1 はじめに

建築紛争において、追加・変更工事を巡るトラブルは最も典型的な紛争の一つです。

建物新築やリフォーム工事を依頼する施主の立場でいえば、工事開始後に思わぬ追加・変更工事費用を請求されたり、建物完成後に未払いの追加・変更工事費用があるとして建物引渡しを拒否されたりするケースがあります。

工事遅延や引渡しを受けた建物に契約不適合(瑕疵)があるとして施工業者に損害賠償を求めたところ、施工業者から未払いの追加・変更工事代金があるとしてそれとの相殺を主張されるケースも多くあります。

こうしたトラブルが発生する原因は、施工業者が行う工事のうち、どこまでが当初の請負契約に含まれる本工事で、どこからが請負契約に含まれない追加・変更工事であるかが曖昧であったり、工事開始後に必要となった工事の追加や変更について、有償か無償かを十分に確認し合わないまま工事を進めてしまったりしていることによるものが大半です。

最近では、特に投資物件において施工業者をコンペ方式で選定するケースも増えてきていますが、工事業者が受注を優先させて最低限の工事しか見積りをしていない場合もあり、選定が完了して工事が開始された後に思わぬ追加・変更工事が必要になってトラブルになるケースも見受けられます。

 

2 本工事の範囲の確定

追加・変更工事を巡るトラブルでは、まず当初締結された請負契約の元となった設計図面や仕様書、見積書、工事工程表、請負契約締結時までにやり取りされた議事録その他の記録などから、本工事の範囲を確定することが必要となります。

特に見積書は設計図面から読み取れる工事内容を一つずつ抽出して工事費を積算し、それが請負代金額算定の基礎となりますので、見積書に含まれる工事であるか否かが、本工事であるか追加・変更工事であるかを区別する重要な要素になります。

なお、工事内容や工事の規模等によっては、細かい工事内訳までは記載されていなかったり、特に費用がそこまで高くないリフォーム工事などでは「○○工事一式」とだけ記載されている見積書(いわゆる一式見積り)もありますが、そうした場合には、契約当事者間の合理的意思解釈として、特段の事情のない限り、見積りがされた工事項目に該当する標準的な内容(範囲、仕様及びグレード等)の工事を本工事の内容とすることが合意されていると解されます*1

一方で、設計図面については、通常は純然たる本工事にとどまらないデザインやイメージ的要素も含めて作成されているケースも多いため(例えば本工事に含まれない外構工事に関する記載が図面上になされていることが典型です。)、設計図面に記載があれば全て本工事かというとそこまではいえないことに留意する必要があります。

なお、実務上見かける請負契約書の中には、請負契約書の柱書等で「次の条項と図面、仕様書、見積書等に基づいて工事請負契約を締結する」と記載しながら、図面や見積書が複数あってそのうちどれのことを指しているのかが分からなかったり、特定できなかったりするというケースも散見されます。

施工業者のみならず施主の立場においても、事後のトラブル防止の観点からは、契約書で引用する見積書は「○年○月○日付け見積書」などと日付でしっかり特定し、契約書にも添付して請負契約の内容とすることが有用です。

 

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:小久保孝雄=徳岡由美子編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ14 建築訴訟』251頁〔溝口優〕(青林書院、2015年)

講習で「支援活動レポート」を配布させていただきます

不動産業支援活動レポート01

 

11月14日に掲載した「ラヂオきしわだ」出演の記事を、「不動産業支援活動レポート」として講習で配布することになりました。

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笹倉 太司先生が登壇される、「不動産コンサルティング実務講座」(大阪開催)でお配りします。

www.retpc.jp

 

こんな感じのレポートです。

公認 不動産コンサルティングマスターの皆様に、債務保証の制度を身近に感じていただければ嬉しいです。引き続きよろしくお願いいたします。

不動産業支援活動レポート01

不動産業支援活動レポート01

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《FMラジオに出演!》不動産流通推進センターの「債務保証」を紹介しました

《FMラジオに出演!》不動産流通推進センターの「債務保証」を紹介しました

不動産流通推進センター 高橋です。10月27日(金)、ラジオに出演しました。

大阪府岸和田市のFMラヂオきしわだ「おはようラヂオきしわだ金曜日」に、なんと、生出演させていただいたのです。

登場したのは、「おうちのはなし」のコーナー。

当センターが開催する「不動産コンサルティング実務講座」の大阪会場のセミナーで講師をつとめてくださっている、公認 不動産コンサルティングマスター 笹倉 太司様の番組に、ゲストとして招いていただきました。

パーソナリティーの赤堀 貴子様、出山 りつ子様には「ようこそ!岸和田にお越しいただき、ありがとうございます」とあたたかく迎えていただきました。

 

東京・永田町にある当センターは、いったい何をやっている公益財団法人なのか、ということで、宅建業者の教育支援などのほかにも、「債務保証」という事業があるということを紹介させていただきました。

その関係で、岸和田市近辺の不動産を、現地の専門家と、近隣の大学院生さんを含めたチームで見学させていただく話もさせていただきました。

 

さすが、地元パーソナリティーの赤堀様と出山様は、笹倉様が少しだけ不動産のキーワード(空き家・古民家・ビニールハウスのある農地など)を紹介しただけで、すぐに現地近辺の環境がおわかりになるようでした。

それらの、現在使われていない不動産を再生して事業を行うときに、「当センターの制度をご利用いただいて、サポートする制度があるんですよ」と、紹介させていただきました。

《FMラジオに出演!》不動産流通推進センターの「債務保証」を紹介しました
《FMラジオに出演!》不動産流通推進センターの「債務保証」を紹介しました

不動産業界団体を通じて、日本全国の不動産会社様に向けた支援をしておりますので、案件があれば、どこでも参上いたします。

当センターの債務保証を、少しでも、地域の不動産の有効活用にお役立ていただければ嬉しいです。

 

新たな事業のお手伝い 債務保証はこちら

債務保証 | 公益財団法人不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター)

 

【本誌人気記事】「インボイス 不動産売買」で検索して訪れていただく皆様のためにPDFを公開 ― 不動産売買におけるインボイス対応(2023年7月号) ―

「インボイス 不動産売買」で検索して訪れていただく皆様のために ― 不動産売買におけるインボイス対応(2023年7月号) ―

こんにちは。推進センター奥田です。

インボイス対応のことが、気になって検索して来てくださるページに、

『月刊不動産フォーラム21』2022年7月号のサンプルとしてPDFが一部しか公開されていないため、

皆様モヤモヤしてお帰りになっているのでは・・・と心配になり、この記事を投稿しました。

全4ページの記事を、以下に公開します。

記事の最後にPDFファイルのリンクがありますので、どうぞお役立てください。

不動産におけるインボイス対応(p28)

不動産売買におけるインボイス対応(p29)

不動産売買におけるインボイス対応(p30)

不動産売買におけるインボイス対応(p31)

記事のPDFファイルへのリンク(Googleドライブ)は以下です。↓↓

drive.google.com

未来にも目を向ける宅建士 ~不安な時代ならではの見識~

未来にも目を向ける宅建士 ~不安な時代ならではの見識~

2015年の宅建業法改正で従来の宅地建物取引主任者の呼称が「宅地建物取引士」に変わり、いわゆる〝士業〟になったといわれている。弁護士、医師、税理士などがその代表格として知られている。

では、そもそも〝士業〟とは何か。国民からの信頼を得るために最も大切な要素は、その確かな専門性である。人間は万能ではないから、専門性を究めようとすればどうしてもその分野を深めていくしかない。例えば弁護士も民事と刑事で分かれるし、民事も離婚、相続、交通事故、企業・個人間紛争、医療事故など様々である。民事は弁護士同士が争うが、刑事は検察官が相手になるというように仕事内容が大きく異なっている。医師についてもその専門分野が大きく異なっていることは周知の通りである。

ところが、宅建士にはそうした「専門分野」というものがない。新築マンションの販売、投資目的を含むオフィスビル(収益物件)の売買、法人同士の大型案件、住宅の個人間売買(仲介)、アパートの部屋のあっせんなどその仕事内容は千差万別だが、どの現場にも就く可能性がある。これではなかなか医者や弁護士のように、その専門性を磨き、それぞれの現場に精通しているというイメージが生まれてこない。

所属する企業の規模にもよるが、宅建士の仕事が社会的ステータスを上げていくためには、ひとつの専門分野に特化し、その専門能力を外部にアピールできるようなシステムをつくり、その評価によって顧客から直接選ばれる体制を業界として構築していくことが必要ではないか。特に一般個人の依頼者から仕事を受ける住宅の売買や賃貸借の仲介を行う宅建士の世界ではそうした体制の構築が望まれる。

考えてみれば、医療の世界でも患者が担当医師を選ぶということは一部の例外を除き存在しない。ただ、地元の病院を選ぶときは「あそこの先生は評判がいいから」という選択行動は頻繁に行われている。

そう考えれば、資産形成や普段の生活に大きな影響をもたらす住宅の選択に際して、信頼できる宅建士を自由に選べるシステムの構築こそ、不動産業界に対する国民の信頼を確立する早道ではないだろうか。

また、将来不安が高まっている今の時代だからこそ、住宅の専門家として求められる欠かせない能力は何かと言えば、それは〝将来を見通す力〟である。持ち家はもちろんだが、賃貸でもかなり長期にわたって暮らす可能性があるのが住宅である。単体の物件について現時点での評価も重要だが、同じようにその物件が将来どういう状況に置かれるのか、また周辺の環境がどう変化していくのかについても、それなりの見識を持って依頼者に説明できなければ専門家としての責任を果たしたことにはならない。

例えば、物件として5年後、10年後にどういう修繕が必要になるのか、アパートであれば空室が増えて住みにくくなる可能性はないかなどである。持ち家の場合にはその地域が街として将来発展していくのか、逆に人口が減少し続けて衰退していく懸念があるのかといった見通しについてもアドバイスする必要がある。将来という不確かなことについて断言することは避けなければならないが、一定の根拠(都市計画、公共交通整備計画、人口動態など)を示して説明する能力は欠かせない。依頼者との信頼関係は専門家としての能力をフルに発揮してこそ生まれてくるものだからである。

 

執筆者

本多信博氏 住宅新報 顧問

1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より顧問。
日本不動産ジャーナリスト会議会員
明海大学不動産学部非常勤講師
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)『住まい悠久』(プラチナ出版)など
論文: 週刊エコノミスト、業界団体季刊誌など多数
講演: 業界団体、NPO法人、JAなど。