※2022年10月6日に公開した記事を再掲しました。
1 はじめに
建築紛争において、追加・変更工事を巡るトラブルは最も典型的な紛争の一つです。
建物新築やリフォーム工事を依頼する施主の立場でいえば、工事開始後に思わぬ追加・変更工事費用を請求されたり、建物完成後に未払いの追加・変更工事費用があるとして建物引渡しを拒否されたりするケースがあります。
工事遅延や引渡しを受けた建物に契約不適合(瑕疵)があるとして施工業者に損害賠償を求めたところ、施工業者から未払いの追加・変更工事代金があるとしてそれとの相殺を主張されるケースも多くあります。
こうしたトラブルが発生する原因は、施工業者が行う工事のうち、どこまでが当初の請負契約に含まれる本工事で、どこからが請負契約に含まれない追加・変更工事であるかが曖昧であったり、工事開始後に必要となった工事の追加や変更について、有償か無償かを十分に確認し合わないまま工事を進めてしまったりしていることによるものが大半です。
最近では、特に投資物件において施工業者をコンペ方式で選定するケースも増えてきていますが、工事業者が受注を優先させて最低限の工事しか見積りをしていない場合もあり、選定が完了して工事が開始された後に思わぬ追加・変更工事が必要になってトラブルになるケースも見受けられます。
2 本工事の範囲の確定
追加・変更工事を巡るトラブルでは、まず当初締結された請負契約の元となった設計図面や仕様書、見積書、工事工程表、請負契約締結時までにやり取りされた議事録その他の記録などから、本工事の範囲を確定することが必要となります。
特に見積書は設計図面から読み取れる工事内容を一つずつ抽出して工事費を積算し、それが請負代金額算定の基礎となりますので、見積書に含まれる工事であるか否かが、本工事であるか追加・変更工事であるかを区別する重要な要素になります。
なお、工事内容や工事の規模等によっては、細かい工事内訳までは記載されていなかったり、特に費用がそこまで高くないリフォーム工事などでは「○○工事一式」とだけ記載されている見積書(いわゆる一式見積り)もありますが、そうした場合には、契約当事者間の合理的意思解釈として、特段の事情のない限り、見積りがされた工事項目に該当する標準的な内容(範囲、仕様及びグレード等)の工事を本工事の内容とすることが合意されていると解されます*1 。
一方で、設計図面については、通常は純然たる本工事にとどまらないデザインやイメージ的要素も含めて作成されているケースも多いため(例えば本工事に含まれない外構工事に関する記載が図面上になされていることが典型です。)、設計図面に記載があれば全て本工事かというとそこまではいえないことに留意する必要があります。
なお、実務上見かける請負契約書の中には、請負契約書の柱書等で「次の条項と図面、仕様書、見積書等に基づいて工事請負契約を締結する」と記載しながら、図面や見積書が複数あってそのうちどれのことを指しているのかが分からなかったり、特定できなかったりするというケースも散見されます。
施工業者のみならず施主の立場においても、事後のトラブル防止の観点からは、契約書で引用する見積書は「○年○月○日付け見積書」などと日付でしっかり特定し、契約書にも添付して請負契約の内容とすることが有用です。
奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)
一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。
これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。