江戸の土地売買―地主の心得<史料紹介「地面買求候砌心得」嘉永元年(江戸東京博物館蔵)>

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幕末の嘉永元年(1848)、喜多村壽富(としとみ)は、遺訓として子孫に「家訓(かくん)永続記(えいぞくき)」を書き残した。その中に「地面買求候(じめんかいもとめそうろう)(みぎり)心得(こころえ)」と題して、江戸で家屋敷(不動産)を購入するときの心得を述べている。それは同時に、江戸における、不動産売買の様子がわかる史料となっている。

概略を紹介する。まず、売物件情報の取得方法について、

「江戸には、家屋敷(不動産)売買の周旋をする者がいる。それは「地面(じめん)売買(ばいばい)口入(くちいれ)世話人(せわにん)」と呼ばれ、その「地面売買口入世話人」から「端書(はしがき)」(物件案内書)により売情報が出ている」と教えている。その存在は、江戸市中の売買がかなり行われていたことを示している。

続いて、物件の内見について、「地面売買口入世話人」がこのような「端書」を持参するので、発展が期待される地面(土地)であれば、「端書」を預かり、持参して内見をする。

さらに、気に入れば、絵図面を取り寄せ、よく絵図面と引き比べ、再び立会って検査するなど、よく調べることが大事であると、念を押している。

また経費の算定のため、これまで管理している家主(いえぬし)(家守)に、家賃の集金額、諸経費など、提示された金額に相違ないか尋ねるよう指示している。

以下、「心得」が続く。

購入を決めたならば、手付金を渡す。手付金はおよそ金千両で、二拾両か三拾両、まずもって少額を渡す。手付金は売主宅へ持参して支払う。

時に破談することがある。買主より破談するには、手付流れをする。売主より破談するには、手付倍返しで解除する(江戸後期の慣例である)。

金融の仕組みとしては、家屋敷を抵当にして行われる金融、「家質(かじち)」がある。

買主が干両の家屋敷を買うとき、二百両は所持し、八百両不足の時、この購入する家屋敷を直ちにその場にて家質に入れ、その資金で購入する。

破談などがなければ決済となる。双方より書面で名主へ決済日を届け、許しを得る。

決済場所は名主宅玄関である。通常、正門を抜け入口を入ったところが玄関で、八畳とその奥には六畳の座敷があった。

決済当日、売主買主並びに名主五人組全員羽織(はおり)(はかま)で、買主は上席、売主は末席に着座する。売主には親類が付き添う。

買主は、残金、手付金の受取証を持参、売主に渡し、沽券状(売買証文)を受け取る。

水帳(土地台帳)と町法に買主が押印する。買主は実印である。売主も押印する。

次いで、買主は沽券状金高で、歩一金(租税の一種)を五人組(月行事)に差し出す。

沽券金百両につき二両(2%)である。大坂では分一銀と呼ばれ5%(歩一金は、登録免許税の始まりと言われている)。

その後、売主は地面売買口入世話人へ礼金を差し出す。千両のものであれば三拾両(3%)で、これを本礼、または一割礼ともいう。

最後に、町役人に金品を贈り食事を振る舞う。(ちょう)(さだ)めによる、「(ひろ)め」である。

これで、取引が終了、買主はかみしもを着用、新しい地主として、町内書役の案内にて名主、五人組、居付地主に挨拶回りをする。

以上概略で、江戸の売買慣習が現在にも散見される。

藤之原正秋氏

藤之原 正秋 公益財団法人日本賃貸住宅管理協会副会長

都市住宅サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、マンション管理士

分譲マンション管理会社を経て、昭和62年(1987)都市住宅サービス株式会社設立
令和3年 国土交通省「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」委員

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