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知識をどう広げるべきか 〝依頼者ファースト〟と言うけれど

知識をどう広げるべきか 〝依頼者ファースト〟と言うけれど

宅建マイスターや公認 不動産コンサルティングマスターにはコンプライアンス意識はもちろん、〝依頼者ファースト〟を実現するためには、今やかなり幅広い知識が求められる時代になった。

特にコンサルティングマスターの場合は、不動産に関する深い知識と同時に社会全般に関する幅広い知見がなければ、依頼者の期待に応えることは難しい。

しかし、コンサルティングマスターといえども万能ではないから、そこになんらかの線引き、いい意味での見極めが必要だろう。これだけ情報の海が広がる中で、どのように自分なりの網を投げるべきか――。

どのような網であれ、最も大事なことはマスターあるいはマイスターとしての誇りがもてるかどうかである。

その「プロとしての誇り」がどこから生まれるかといえば、自分が得た知識や知見で「この世を自分なりに解釈するストーリー」が出来ているかどうかである。

まさに、依頼者ファーストの根底には〝自分ファースト〟があっていい。

一方、宅建士に求められる知識も、昔に比べかなり広がっているのが現実だ。

その中で特に、今日的ニーズを挙げるとすれば、
①住宅ローンに関する最新情報
②建物の査定能力
成年後見制度と家族信託に関する基本知識
――の3点となるのではないだろうか。

①は昔と違い、住宅購入後もライフスタイルや働き方が多様に変化する今日、依頼者に最もマッチしたローンを選択するためには、最新の金融情勢を理解しておく必要がある。

②は住宅の資産価値や耐久性に購入者の関心が高まっていることを踏まえれば、工法によっても異なる建物の特性に精通し、中古であっても購入時の価値を的確に判断する能力が求められる。

③は2025年には700万人、65歳以上の5人に1人が認知症になるといわれている今日、この両制度に関する知識は欠かせない。周知のごとく、高齢者が意思能力を失えば家族といえども勝手に本人の自宅など不動産を売却することはできない。契約後に家族などから意志能力がなかったなどと訴えられるトラブルも増えている。
対策としては、本人が判断能力を失う前に任意後見人を選んでおくか、家族信託契約を結んでおく必要がある。しかし、往々にして、親が認知症になってから自宅などが資産凍結状態になってしまい、慌ててしまうのが普通である。その場合は法定後見人を家庭裁判所で選任してもらうしかない。それでも自宅売却までには煩雑な手続きや時間がかかるし、家裁から自宅売却の許可が出るとも限らない。費用もかかる。

そのようなことを普段から地域住民に情報として提供しておくことが信頼確保と依頼者ファーストにつながっていく。

 

執筆者

本多信博氏 住宅新報 顧問

1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より顧問。
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)、『百歳住宅』(プラチナ出版)、『住まい悠久』(同)、『たかが住まい されど、住まい』(同)、『住文化創造』(同)など
現在、住宅新報に連載コラム「彼方の空」を執筆中。

 

【書評】『不動産賃貸業のインボイス対応 Q&A50』

bookreviews

 

不動産賃貸業のインボイス対応 Q&A50: オーナー・管理会社のお悩み解決!

不動産賃貸業のインボイス対応 Q&A50: オーナー・管理会社のお悩み解決!

 http://www.zeikei.co.jp/book/b633174.html

著者の 渡邊 浩滋氏には「月刊不動産フォーラム21」に、税制に関するQ&Aの記事をご執筆いただいています。インボイスに関する書籍を出版されましたので、紹介させていただきます。

 

プロフィール

[わたなべ・こうじ]税理士を続けながら、2008年危機的状況にあった実家の大家業を引き継ぎ、経営を改善。この経験を生かし、不動産オーナー専門の税理士として活躍中。18年9月に全国で同様のサービスを展開できるよう大家さん専門税理士ネットワークKnees bee(ニーズビー)を発足。

 

内容について

2023年10月から始まったインボイス制度。
大家さんは、消費税を受け取っていても納める義務がない免税事業者が多いため、特に準備していない方も多いことでしょう。
しかし、免税事業者が最も影響し、不動産業界にとって大きな影響がある制度です。
経過措置のある現在は特に問題なくても、今後どんな影響があり、何をしたら良いのか?
本書は、インボイス制度の理解と対策の準備のために、できる限り簡単に実務に沿って解説しています。

登録した方が良い? 免税事業者のまま値下げ対応したら良い? など。
フローチャートや手残りのシミュレーションより、自分がいつ、どのように対応したら良いか判断できます。

また、大家さん専門税理士である著者に実際に寄せられた相談を50掲載しているので、よくある状況下での対応策がわかります。

 

目次

Part1 状況別 インボイスの影響
 I インボイス制度とは
 II インボイス制度で不動産オーナーが受ける影響
 III 不動産オーナーのインボイス登録の判断
 IV 管理会社が受ける影響
 V 不動産売買で受ける影響

Part2 インボイスQ&A
 I 制度編  
 II 賃貸編
 III 管理編
 IV 売買編 

Part3 用語解説
 I 課税事業者と免税事業者
 II 簡易課税制度
 III 緩和措置
 IV 経過措置
 V 媒介者交付特例

 

Q&A紹介

I  制度編
Q1 インボイス登録期限。9月30 日は土曜日だから10 月2日が期限?/ Q2 緩和措置で消費税の負担が少なくできるからインボイス登録した方がよい?/ Q3 インボイス登録すれば還付が受けられるので得になる?/ Q4 免税事業者が消費税を受け取っても問題ない?/ Q5 10 月1日からインボイス登録で課税事業者。消費税の申告はいつのものが必要?/ Q6 インボイス登録後に課税売上高が1,000 万円以下になったら免税事業者?/ Q7 インボイス登録後にインボイスはすぐに辞められる?/ Q8 免税事業者がインボイスを発行したら罰則はありますか?/ Q9 令和5年に登録するのと令和6年に登録することに違いがある?/ 10 インボイス登録するとホームページ上に個人情報が公開されてしまう?/ Q11 インボイスの記載に誤りがあった場合どうする?/ Q12 請求書や領収書には全てインボイス番号を記載する必要がある?/ Q13 インボイス登録者に相続発生。相続人に登録が引き継がれる?/ Q14 相続で事業を引き継いだ場合の消費税の課税事業者の判定は?


II 賃貸編
Q15 事業収入とテナント賃料がある場合,インボイスはそれぞれ別個で登録できる?/ Q16 令和5年9月に受け取る10 月分の家賃はインボイスが必要?/ Q17 免税事業者の借主から消費税分の賃料を下げてと要請されたら対応するべき?/ Q18 消費税を取っていないからインボイス登録しない。契約書は何もしなくてよい?/ Q19 社宅で貸している部屋はインボイスの対応は必要ない?/ Q20入居者修繕負担金の課税を回避する方法ある?/ Q21 入居者に請求する水道代。消費税の課税を回避する方法はある?/ Q22 水道光熱費の立替え。立替金精算書には電力会社のインボイスの写しが必要?/ Q23 入居者からケーブルテレビ利用料を徴収。インボイスは影響する?/ Q24 駐車場収入は非課税にならないの?/ Q25 駐車場金額が1万円未満ならインボイスは不要になる?/ Q26 返還インボイスを発行する場合はどんなとき?/ Q27 時間貸しパーキングに土地を貸している場合のインボイスの対応は?/ Q28 SOHO(住居兼事務所)として賃貸した場合は消費税は課税?/ Q29 太陽光発電収入がある場合,インボイスの登録は必要?/ Q30 保証金の償却。インボイスが必要なタイミングはいつ?/ Q31 インボイス登録しない。自動販売機で販売する商品の値段も下げる必要ある?/ Q32 共有不動産。2分の1がインボイス登録事業者,2分の1が免税事業者はあり?インボ
イスの発行はどうする?/ Q33 共有者全員がインボイスを登録する。共有者全員からインボイスの発行が必要?/ Q34 インボイス登録を辞めた場合,借主に知らせるべき?

III 管理編 
Q35 不動産オーナーがインボイス登録していなくても,入金口座を管理会社にすれば,管理会社がインボイスを発行してもよい?/ Q36 不動産オーナーに代わって管理会社がインボイスの発行はできる?/ Q37 媒介者交付特例。管理会社と不動産オーナーの間で取り交わす書面は必要?管理会社の請求との区別は?/ Q38 インボイスを1年に1回の発行としてもよい?/ Q39 賃貸借契約書をインボイスに代える場合の注意点は?/ Q40 不動産オーナーからインボイス登録したくないと相談された。どう対応する?/ Q41 居住用で貸していた部屋が事務所として利用されている。インボイスの影響はある?/ Q42 借主に交付する重要事項説明書にもインボイス番号の記載は必要?/ Q43 インボイス登録しない外注業者に払う報酬は消費税分を下げて発注しても問題ない?/ Q44 従業員の経費の立替え。従業員からインボイスをもらう必要ある?
IV 売買編
Q45 不動産売買の土地建物の区分はどうすればよい?/ Q46 固定資産税精算金にもインボイスが必要?/ Q47 店舗付マンションを売却する場合のインボイスはどのように記載する?/ Q48 不動産売買のためにインボイス登録。登録は契約時までか引渡し時までか?/ Q49 保証金の持ち回り方式での売買の注意点は?/ Q50 中間省略登記をする場合の消費税とインボイスの発行はどうなる?

 

 


 

不動産賃貸業のインボイス対応 Q&A50: オーナー・管理会社のお悩み解決!

著者    渡邊 浩滋 著
出版年月日    2023/09/30
判型・ページ数    A5・184ページ
定価    2,090円(税込)

 http://www.zeikei.co.jp/book/b633174.html

〝宅建士革命〟に備えよ

〝宅建士革命〟に備えよ

㈱セゾンリアルティ代表取締役会長の竹井 英久氏は言う。

不動産業は拡大には強いが、縮小には弱い。大都市は最開発エネルギーが強くまだ成長産業だが、気になるのは地方での不動産分野の担い手がどうなるかだ

地方では価格が下落して仲介料がほとんど出ない住宅、買い手のいない土地が増え続けていく。地元不動産会社は商売したくてもできない状況に陥る可能性が高まっていくだろう。

そこで竹井氏の提案はこうだ。

郵便局のようなユニバーサルサービスを行う企業が不動産も扱うとか、土地を畳むための権利調整や利用転換をしていく機能を行政が内製化していくしかないのではないか

さらに、

個人で宅建業を営む者には宅建団体がFCのように個人をバックアップしていく仕組みが必要かもしれない

と。

筆者は、仲介手数料ビジネスそのものからの脱却が必要と考える。100万円の住宅を仲介しても5万円の手数料にしかならなければ誰もやりたがらない。しかし、売り手は30万円の報酬を出しても処分してもらいたいかもしれない。そもそも媒介報酬は本来なら感謝の度合いに応じて払われるものである。決まった報酬しかもらえなければそれに応じた仕事しかしないのは当然で、5万円ではそもそも採算が取れないという話である。

東京などの大都市では住宅価格は下がらないどころか、今後も上がり続ける可能性が高い。人口減少時代は職を求めて大都市に人口が集まり続けるからだ。竹井氏も「優秀な営業マンは都会を目指す」と見る。東京では不動産会社の競争が激しくなると同時に宅建士間の競争も激化する。これからの不動産会社にとって最強の戦略は国民の信頼を得ることで、そのためには依頼者と直接接する宅建士のレベルアップと信頼確保が欠かせない。

しかし、宅建士が会社という組織内資格に留まるかぎり、国民からの信頼確保には限りがある。竹井氏の提案と重なるのかもしれないが、全宅連と全日本不動産協会が合同で「宅地建物取引士協会」(仮称)を設立し、宅建士が守るべき行動規範の策定と厳しい自主規制で信頼を確保していくことが望まれる。

宅建士は企業に属しながらも、基本的にはその能力とスキルの高さで国民から直接選ばれる存在(専門家)になっていく。住宅の売買を望む依頼者と宅建士とのマッチングサイトも次第に充実していくだろう。そして、顧客のリピート率が高い宅建士は不動産会社から高額の待遇で迎えられるようになる。

そうした〝宅建士革命〟はもうそこまで来ているように思う。

 

執筆者

本多信博氏 住宅新報 顧問

1949年生まれ。長崎県平戸市出身。早稲田大学商学部卒業。住宅新報編集長、同編集主幹を経て2008年より論説主幹。 2014年より特別編集委員、2018年より顧問。
著書:『大変革・不動産業』(住宅新報社・共著)、『一途に生きる!』(住宅新報社)、『百歳住宅』(プラチナ出版)、『住まい悠久』(同)、『たかが住まい されど、住まい』(同)、『住文化創造』(同)など
現在、住宅新報に連載コラム「彼方の空」を執筆中。

 

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[3]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[3]

※2022年10月12日に公開した記事を再掲しました。

6 無断施工

さらに、よくあるケースとして、施主が施工業者の行ったとする追加・変更工事について事前に聞かされていないとして報酬の支払義務を争うケースも多くあります。

この点、営利事業者である施工業者が施主の指示もなく報酬の取り決めもないまま自ら追加・変更工事を行うことは余り想定され難いようにも思われます。

しかし、一般に施主は予定工期を踏まえて金融機関からの借り入れや居住用であれば転居、現住物件の処分等を計画するため、実務上は工期の遵守が強く要求され、そうしたこともあって特に工期終盤には施主との意思疎通が十分に図られないまま施工業者の方で工事を進めてしまうことも多く、施主において十分に認識していなかった工事が事後になって発覚するというケースも少なくありません。

そのため、この点については、施工業者において事後に報酬請求できないリスクを冒してまでわざわざやるような工事内容か、施主が事前又は事後に当該工事の実施を認識しながら特に異議を述べなかったような事実がないかといった観点から、純然たる無断工事であるか別途費用の発生する追加・変更工事であるかが判断されることになります。

ところで、こうした無断施工との関係で時に問題となるのが、工事監理者が間に入っているケースです。

すなわち、建築士が施主と工事監理業務委託契約を締結し、監理者として工事に関わっている場合に、施工業者が監理者とのやり取りに基づき追加・変更工事を行ったところ、当の本人である施主が当該工事の存在を認識していなかったというケースです。

通常であれば施主は専門家である監理者に対して工事の内容について一定範囲で裁量を与える意図を持っているとも考えられます。

こうしたことから、裁判例の中には監理者には施主に代わって追加・変更工事を指示する代理権があるとしたものもあります(大阪地判平成17年4月26日判タ1197号185頁、東京地判平成17年11月4日判例秘書登載等)。

もっとも、監理者の代理権について一般化することはできず、監理者が指示・合意したことをもって施主にも効果が及ぶという結論を導くことは慎重であるべきとの指摘もあります *1

実際、実務上用いられることが多い民間(七会)連合協定の工事請負契約約款でも、監理者に追加・変更工事の指示・合意権限までは付与されていません。

結局、この点については、施主において追加・変更工事の指示・合意権限まで付与する意思(授権の意思)があったか否か、施工業者においてそのような権限があると信じてもやむを得ない状況にあったか否かが個別具体的事情を踏まえて判断されることになるでしょう。

東京地判平成15年5月9日判例秘書登載は、一貫して施主側の工事担当者として関与し、「社長付事業開発」の肩書を付けた名刺を交付していた工事関係者について、施主から工事監理、追加工事の発注等を含む全面的な委任を受けていたと認定されています。

 

7 追加・変更工事に係る報酬額

争いになっている工事について、本工事に含まれない有償の追加・変更工事であるとされた場合、通常はその報酬額について当事者間で明確な合意がないケースが大半であるため(もしあればそもそも争いにならない。)、次にその報酬額をどのように取り決めるのかということが問題になります。

この点について、訴訟実務上は、たとえ代金額の具体的な合意がなくとも、当該工事について「世間相場相当額とする」旨の黙示の合意が成立しているものとみなし、そこにいう「世間相場相当額」がいくらなのかという観点で審理が進められます。

東京地裁民事22部の建築専門部では、専門家調停委員として建築士が参加することも多く、追加報酬額の決定については当該建築士の意見も重視されています。

 

8 まとめ

以上に見てきたように、追加・変更工事を巡るトラブルについては、当事者間で事前に十分な協議・確認を行わないまま工事が進められてしまうことにより発生するケースが大半の原因といえます。

そのため、特に施主の立場で見れば、請負契約締結時にどこまでが本工事でどこからが追加費用の発生する追加・変更工事なのかしっかりと確認しておくとともに、施工中も、施工業者とのメールや書面でのやり取りで有償なのか無償なのか記録化を意識したやり取りをしておくことが、事後のトラブル防止の観点からは肝要といえるでしょう。

 

 

yaf21.retpc.jp

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:斎藤繁道編著『最新裁判実務体系 第6巻 建築訴訟』378頁〔木村洋平〕(青林書院、2019年)

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[2]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[2]

※2022年10月11日に公開した記事を再掲しました。

3 設計図面や見積書に記載のない工事

ところで、問題となっている工事について設計図面や見積書に含まれていなければ常に本工事に含まれないことになるかというと、必ずしもそうではありません。

設計図面や見積書には記載されておらず、一見して本工事には含まれないように見える工事であっても、一般的に考えて本工事に含めることが当然に想定される工事については、本工事に含まれるとされることがあります。

例えば、クロスとフローリングのやり替えを行うリフォーム工事において、巾木の交換は当該リフォーム工事に必然的に伴う作業ですので、仮に見積書には記載がなくても当然に本工事に含まれると解することもできます*1

また、設計図面には記載されているのに、見積り時(図面に基づく積算時)にそれを見落としたというケースでは、いわゆる見積り落とし(見積り落ち)として本工事に含まれるとされることがあります。

 

4 手直し工事

有償の追加・変更工事であるか否かが争いになる場面として、施工業者による手直し工事ではないかが争われるケースもよく見受けられます。

すなわち、施工業者が本工事に含まれない追加・変更工事であるとして工事代金を請求したところ、施主の方から、当該工事は施工業者のミスで必要になったものであるから、追加で代金を支払う必要はないというものです。

特に施主において工事の出来上がりに満足できずやり直しをさせたような場合に、それが施工業者のミスなのか、それとも施主のこだわりの問題なのか、という問題が起き得るのです。

 

5 サービス工事

問題となっている工事について本工事に含まれない追加・変更工事であることに争いはないものの、当該工事は施工業者が無償で対応することになっていた(いわゆるサービス工事)として、追加費用の支払につき争いになるケースも多くあります。

例えば、軽微な追加・変更工事について元の営業担当者はサービスで行うとしていたところ、それについて双方で明確な確認をしないまま担当者が変わってしまい、改めて追加費用を請求されるような場合や、特定の工事について元々良好な関係にあったときはサービス工事とすることが暗黙の了解になっていたにもかかわらず、事後に施工瑕疵等を巡ってトラブルに発展したような場合に、施工業者が一転して追加費用を請求してくるような場合があります。

この点、営利事業者である施工業者が、設計図面や見積書に記載のない工事を自らの費用で自主的に行うことは、経済合理性の観点からは考え難いという一般経験則から、相応の規模や手間のかかる追加・変更工事が行われている場合には、たとえ事前に費用に関する明確なやり取りがなくとも、当事者としても有償であると認識していたはずだとして追加費用の支払義務が認められることがあります。

もっとも、建築実務上は、特に軽微な工事等については施工業者側の裁量的判断で特に追加費用を求めずに行ってしまうケースもまま見受けられ、また、施工業者が他の工事の不備や工事遅延を穴埋めするため、グレードアップ的要素を含む追加・変更工事を無償で行うケースもあります。

そのため、一般経験則といっても常に通用するとは限らず、実際に追加費用の支払義務が生じるか否かは、そうした個別事情も踏まえて判断されることになります。

 

 

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:小久保孝雄=徳岡由美子編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ14 建築訴訟』250頁〔溝口優〕(青林書院、2015年)

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[1]

建築工事請負契約の実務-追加・変更工事を巡るトラブル[1]

※2022年10月6日に公開した記事を再掲しました。

1 はじめに

建築紛争において、追加・変更工事を巡るトラブルは最も典型的な紛争の一つです。

建物新築やリフォーム工事を依頼する施主の立場でいえば、工事開始後に思わぬ追加・変更工事費用を請求されたり、建物完成後に未払いの追加・変更工事費用があるとして建物引渡しを拒否されたりするケースがあります。

工事遅延や引渡しを受けた建物に契約不適合(瑕疵)があるとして施工業者に損害賠償を求めたところ、施工業者から未払いの追加・変更工事代金があるとしてそれとの相殺を主張されるケースも多くあります。

こうしたトラブルが発生する原因は、施工業者が行う工事のうち、どこまでが当初の請負契約に含まれる本工事で、どこからが請負契約に含まれない追加・変更工事であるかが曖昧であったり、工事開始後に必要となった工事の追加や変更について、有償か無償かを十分に確認し合わないまま工事を進めてしまったりしていることによるものが大半です。

最近では、特に投資物件において施工業者をコンペ方式で選定するケースも増えてきていますが、工事業者が受注を優先させて最低限の工事しか見積りをしていない場合もあり、選定が完了して工事が開始された後に思わぬ追加・変更工事が必要になってトラブルになるケースも見受けられます。

 

2 本工事の範囲の確定

追加・変更工事を巡るトラブルでは、まず当初締結された請負契約の元となった設計図面や仕様書、見積書、工事工程表、請負契約締結時までにやり取りされた議事録その他の記録などから、本工事の範囲を確定することが必要となります。

特に見積書は設計図面から読み取れる工事内容を一つずつ抽出して工事費を積算し、それが請負代金額算定の基礎となりますので、見積書に含まれる工事であるか否かが、本工事であるか追加・変更工事であるかを区別する重要な要素になります。

なお、工事内容や工事の規模等によっては、細かい工事内訳までは記載されていなかったり、特に費用がそこまで高くないリフォーム工事などでは「○○工事一式」とだけ記載されている見積書(いわゆる一式見積り)もありますが、そうした場合には、契約当事者間の合理的意思解釈として、特段の事情のない限り、見積りがされた工事項目に該当する標準的な内容(範囲、仕様及びグレード等)の工事を本工事の内容とすることが合意されていると解されます*1

一方で、設計図面については、通常は純然たる本工事にとどまらないデザインやイメージ的要素も含めて作成されているケースも多いため(例えば本工事に含まれない外構工事に関する記載が図面上になされていることが典型です。)、設計図面に記載があれば全て本工事かというとそこまではいえないことに留意する必要があります。

なお、実務上見かける請負契約書の中には、請負契約書の柱書等で「次の条項と図面、仕様書、見積書等に基づいて工事請負契約を締結する」と記載しながら、図面や見積書が複数あってそのうちどれのことを指しているのかが分からなかったり、特定できなかったりするというケースも散見されます。

施工業者のみならず施主の立場においても、事後のトラブル防止の観点からは、契約書で引用する見積書は「○年○月○日付け見積書」などと日付でしっかり特定し、契約書にも添付して請負契約の内容とすることが有用です。

 

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執筆者

奥原 靖裕氏
シティユーワ法律事務所 弁護士(パートナー)

一橋大学法学部卒業、一橋大学法科大学院(ビジネスロー・コース)修了。2009年に弁護士登録。企業を当事者とする紛争解決一般を取り扱っており、大規模訴訟を含む代理人をこれまでに多数務めている。不動産・建築案件を主たる取り扱い分野の一つとし、宅地建物取引士向けの講習テキストの監修・執筆や、不動産流通推進センターが実施する「不動産流通実務検定(スコア)」の問題作成委員、住宅紛争審査会紛争処理委員などを務める。他にはシステム開発を巡る法務支援、紛争対応にも力を入れている。

これまで携わった紛争解決に関する知識と経験を踏まえた日常的なリーガルサポートを得意とし、行政対応、不正対応についても多くの経験を有する。

 

*1:小久保孝雄=徳岡由美子編著『リーガル・プログレッシブ・シリーズ14 建築訴訟』251頁〔溝口優〕(青林書院、2015年)

講習で「支援活動レポート」を配布させていただきます

不動産業支援活動レポート01

 

11月14日に掲載した「ラヂオきしわだ」出演の記事を、「不動産業支援活動レポート」として講習で配布することになりました。

yaf21.retpc.jp

笹倉 太司先生が登壇される、「不動産コンサルティング実務講座」(大阪開催)でお配りします。

www.retpc.jp

 

こんな感じのレポートです。

公認 不動産コンサルティングマスターの皆様に、債務保証の制度を身近に感じていただければ嬉しいです。引き続きよろしくお願いいたします。

不動産業支援活動レポート01

不動産業支援活動レポート01

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